「立喰師列伝」ネタバレ感想。


立喰師列伝」を楽しめる者は幸せである。
これはもう長年、押井守監督作品に付き合って来た観客への最高のプレゼントだ。
予告編を見ると「ゲテモノ映画」みたいな印象を受けるが、内容は至って真面目に「史実」を描いている。そう、これはもうひとつの「近代史」を綴ったドキュメタリーなのだ。


冒頭の空爆シーンとともに「終戦」の文字――これだけでもう記憶の中の「終戦」と結びつき、物語に現実味が増す。そして焼け野原となった夜の街に現れる月見の銀二……最高だ。少し挿入歌がうるさい気がするものの、「戦後の怪しさ」が炸裂していて「過去への邂逅」に頭をシフトさせる効果を出していることは確かだ。
初代銀二を演じた天本英世が他界しているため、吉祥寺怪人が二代目を襲名。初代銀二は髭など生えていなかったが、CGで描かれているこの流麗な髭は、「生えていたかもしれない」と思わせる神々しさを醸し出している。初代が自然体で持っていた神々しさを二代目は「髭」でフォローしたのだ。これは上手い演出だ。そして彼が立喰蕎麦屋に現れるシーンでかかる曲が「紅い眼鏡」の「立ち喰いそば屋」の新アレンジ。この援護射撃により、彼はまぎれもなく「銀二」その人である、と脳に刻み込まれるのだ。


残念なのは、肝心な「ゴト」に深みが無かったこと。これはどの時代の立喰師にも言えることなのだが、今回の映画では原作小説版のときのような自然な流れの「ゴト」を感じられなかった。とくに最初の二人の立喰師は、アレでなぜ「無銭飲食」が成立するのかがわからない。でも妖艶なマコさんは一見の価値アリ。トークショウで「傷ついているんですよ」と語っていたストリップシーン(笑)も見せ場のひとつ……ヵ。


淡々としていた冒頭二人のゴトではあったが、犬丸のそれは目的がそこにないので原作のときのように「眼から鱗」感を感じられた。異端の立喰師として異彩を放っていたと思う。


牛五郎や哲は、ほぼ原作通りの「怪人」だった。しかしそれ以上に光っていたのが、牛男たちに立ち向かう店長の神山だ。もともと自分は神山監督が大好きだ。そして今回の映画を見て惚れ直した。店舗という城を預かる長として人事を尽し昇華していくその姿に涙した。トドメの爆笑BGM「バーガータイム」はバンダイナムコならではのコラボレーション?


原作では至って真面目だった「フランクフルトの辰」のエピソード。映画版ではことごとく台詞を遮る自主規制の数々のおかげで、すっかりコメディーと化してしまった。このシーン、後でサントラ単体で聴いてみると、なんとも心地よい不可思議なオルゴールに陶酔できる。


ラストはカレー屋のインド人。もともとおかしなエピソードではあったが、輪をかけておかしくなっている。BGMも怪しくノリ良く花を添える。コレ、かなりいい曲だ。


さて、この映画をどうやって締めるのか。原作では何度も登場しながら結局描かれなかった「最終章」を見られるのか?
……用意されたラストは想像とは違ったものの、まぁ納得のいく、ちょっとカッコイイ締めとなった。ちょっとどこかで使ってみたくなる、そんな台詞だ。ラストに流れる哀愁漂うムード歌謡は登場した数々の立喰師に想いを馳せるにはピッタリの雰囲気。こんな余韻に浸れる締めだと、また最初から見てみたくなる。


意外な題材に意外な映像表現、小説とは違うノリながらも忠実な再現度、映像にピッタリハマった音楽、テンポの良い「列伝」形式。ほぼ全てがナレーションで埋められているものの、イノセンスのように難解な引用ではなく。2時間近くまったく飽きさせずに一気に見られた。原作小説を読んでいたから理解が深かったのかもしれないが、とにかく心底楽しめる映画だった。


残念ながら予告曲を含めサントラ未収録のものが多いので、これは押井監督の言う「オマケいっぱいのDVD」とやらに収録してほしいものである。

「ひぐらしのなく頃に」オヤシロさまドットコム